日本の鉄鋼業における勤労統計を見ると、本調査期間末における「5人以上事業所の合計労働者数」は、2025年3月時点で約22万人となり、近年では最大の値を記録しています。鉄鋼業は日本の基幹産業の一つとして高度経済成長期から大きな雇用を支えてきましたが、1990年代以降は国内需要の減少やグローバル競争の激化、製造拠点の海外移転などにより雇用規模が縮小傾向にありました。
近年はインフラ更新需要の高まりや自動車・建設分野の堅調な需要、さらには脱炭素に向けた製造プロセスの見直しや新技術導入による新たな人材ニーズの増加などを背景に、雇用回復の動きが見られています。特に、設備の維持管理や高度な加工工程に対応する熟練労働者の確保が重視されており、正社員比率の高い雇用構造が特徴的です。一方で、パートタイム労働者の割合は製造業全体と比較して依然として低く、労働集約型というよりは資本集約型産業としての性格が色濃く表れています。今後は技術革新と人材確保の両立が、持続的成長の鍵となるでしょう。
鉄鋼業の産業構造と全体的な特徴
日本の鉄鋼業は、高度経済成長期以降、製造業の中核を担ってきた基幹産業の一つです。大規模な設備投資を伴う「資本集約型産業」であり、電力・原材料・輸送コストに加えて高度な技術力を要するのが特徴です。近年では、中国や韓国など海外勢との価格競争が激しく、国内需要の減少や脱炭素への対応も課題となっています。
男性労働者の現状と課題
鉄鋼業では男性比率が非常に高く、現場作業・管理職ともに男性が多数を占めています。重労働・高温環境・危険を伴う作業が多いため、体力を重視した採用慣行が長らく続いてきました。
しかし、近年では労働力人口の減少を背景に、技能継承の難しさや若年男性の志望者減少が課題となっています。結果として中高年層の比率が高まり、技術・知識の更新や労働災害リスク管理なども重要なテーマとなっています。
女性労働者の現状と参入障壁
鉄鋼業における女性労働者の比率は製造業の中でも特に低い水準にあります。現場における重労働や深夜勤務、育児と両立しにくい就業環境が要因とされます。また、職場の男性優位な文化や設備面の未整備(更衣室・トイレなど)も参入障壁となっています。
ただし、最近では多様性推進の観点から、研究開発・品質管理・事務職といった分野で女性の採用が進みつつあり、一部企業では女性管理職登用への取り組みも始まっています。
正規・非正規雇用の構造と格差
鉄鋼業は長らく正社員中心の雇用形態が主流で、熟練技能や社内教育を重視する傾向が強い産業です。そのため、非正規雇用比率は製造業全体と比べても低い水準にあります。
一方で、派遣・契約社員・請負労働などの形態も部分的に導入されており、特に短期的な工事や補助業務には非正規が多く従事しています。非正規労働者は待遇や教育機会の面で格差があり、長期的な定着や安全教育の観点から課題とされています。
鉄鋼業の常用労働者数
日本の鉄鋼業における労働者数は、2019年6月に過去最大の24.9万人を記録しました。この時期は、国内外の建設需要や自動車・機械分野の生産が堅調で、鉄鋼需要が高水準にあったことから、現場の生産体制を維持・強化するための雇用拡大が進んでいたと考えられます。
しかしその後、2020年以降の新型コロナウイルス感染拡大に伴い、グローバルサプライチェーンの混乱や需要の急減、製造業全体の稼働率低下が起こり、鉄鋼業でも雇用調整や新規採用抑制の動きが広がりました。また、脱炭素化の流れや構造的な生産過剰の見直しも進み、一部では高炉の停止や再編が行われるなど、業界の再構築が始まったことも労働者数の減少に影響しています。
2025年3月時点では、労働者数はピーク比88.5%とやや回復傾向にあるものの、依然として雇用環境は安定しているとは言えません。特に、技能工の高齢化や若年層の志望者減少により、人材の確保と育成が大きな課題となっています。また、IT・AI技術の導入による省人化やスマートファクトリー化の進展も、今後の雇用構造に変化をもたらす可能性があります。

月別の現金給与額
給与総額は、2012年以降、景気や企業収益、需要動向に応じて緩やかな変動を示してきました。特に2024年12月には、賞与や一時金の支給が重なったことで、過去最高の107万円を記録しています。この時期は、鉄鋼需要の一時的な回復や、物価上昇に伴う賃上げの動きが広がった影響もあり、支給総額が大きく増加したとみられます。
しかし、2025年3月時点ではピーク時の39.9%にまで落ち込んでおり、これは年末の賞与や期末手当の反動に加え、通常の月給水準へ戻ったことによる季節的要因が大きいと考えられます。鉄鋼業では正社員比率が高く、賞与の比重が大きいため、時期による変動が顕著です。
また、長期的には国内生産拠点の集約や設備の合理化、人件費抑制の流れが続いており、総額の増加は一時的なものである可能性もあります。さらに、若年層の業界離れや技能労働者の高齢化、外国人労働力への依存など、労働力の質的変化が報酬構造にも影響を与えつつあります。

男女別、雇用別の時給
日本の鉄鋼業における時給は、労働集約的かつ技能重視の産業構造を背景に、安定的に高い水準で推移してきました。特に2024年12月には、年末賞与や特別手当の支給が時給換算に加算され、過去最高の6,460円/時間を記録しました。この水準は、年末の一時的な支給増と、賃上げ圧力の高まり、物価上昇を背景にした対応措置などが複合的に作用した結果とみられます。
しかし2025年3月時点では、ピーク時の40.2%にまで大幅に低下しており、これは一時金のない月に戻ったことで、通常の月給ベースでの時給換算となったためです。鉄鋼業に限らず、賞与や特別手当が大きな割合を占める業界では、月別の時給に大きな変動が生じるのが特徴です。

男女別、雇用別の労働時間
日本の鉄鋼業における月間労働時間は、2018年11月に過去最大の186時間を記録しました。この時期は、国内外の鉄鋼需要の高まりに加え、設備のメンテナンスや生産増強が求められたため、労働時間が長時間化したことが背景にあります。また、当時は人手不足も顕著であり、限られた人員で多くの業務をこなす必要があったことも影響しています。
その後は、労働基準法の改正や働き方改革の推進により、長時間労働の是正が業界全体で進められてきました。過重労働の抑制やシフト管理の適正化、休暇取得の促進が取り組まれ、2025年3月時点ではピーク時の約88.6%にあたる約165時間まで労働時間が短縮されています。


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